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世界漫遊旅行 インド

インドニューデリーでダライ・ラマとともに世界平和の祈りを祈りました。




1989年11月、私たち世界平和を祈る同志30名は、インドの首都ニュー
デリーへ向かいました。

それはダライラマをはじめ世界の宗教代表者が集う世界平和の祭典がニュー
デリーで催され、それに参加するためです。

その祭典の中で、私たちは世界178ヶ国(現在世界の国は191ヶ国に
増えています)の平和を祈るピース・セレモニーを挙行したのでした。

会場の壇上には、中央にインドのヒンズー教を代表して、高僧シャンカラ・
アーチャリヤやスコットランドの第12世タイシトゥパ・リンポチェ、隣に
ダライラマ、その他バハイ教、ゾロアスター教、キリスト教、ユダヤ教、
イスラーム教、神道など世界の12大宗教の宗教指導者が席を占めて
いました。

ヒンズー教の高僧シャンカラ・アーチャリヤの名は、8世紀に活躍したインドの
偉大な哲学者・智者シャンカラチャリヤに由来し、最高の叡智を得た賢者
(悟ったひと)を尊称しています。

チベット仏教でリンポチェとは活仏(生きぼとけ)をいい、チベット仏教では
最高の位で、第12世タイシトゥパ・リンポチェはダライラマより上位にある
ヘッド・ラマです。今回もこのリンポチェが出席するので、ダライラマも出席
するようになったそうです。

会場の名前を失念しましたが、学校の講堂みたいなところで、ピース・セレモニー
では178ヶ国の平和を一国一国名前を呼んで、その国の国旗を挙げていくのです。
それでチベット人の学生が3000人も応援に来て手伝ってくれ盛り上げてくれ
ました。

私は、ダライラマやリンポチェたちを控え室から会場の壇上へ案内する役を仰せ
つかりました。

途中、ダライラマと挨拶やら簡単な会話を交わしました。
私と同年輩であるという気安さからか、気楽に言葉を交わせ、この人が世界でも
名だたる偉人とは到底思えないほど腰の低い人でした。

ところで控え室で一寸したハプニングがありました。

チベット仏教に造詣の深い私の社員が、会場へ行く前にダライラマに急に一緒に
般若心経をお祈りしましょうと言い出しました。
そして朗々と般若心経を読誦しだしました。
それもチベット語でです。

一瞬一同は唖然とした表情でしたが、それに合わせて皆声を上げて祈りはじめ
ました。
終わった途端万来の拍手が返ってきました。

内心私も大変驚きましたが、何故か日本人として誇らしい気持ちになったのも
事実です。

面白かったのは、壇上の中央にシャンカラチャリヤが座る席をヒンズー教の僧侶
たちが設置したのですが、他の宗教者たちより席が高くなるように煉瓦を積んで
その上に金ぴかの綺麗な装飾を施した立派な椅子を置き、その後ろに天蓋の
ような傘を立てていたのです。

いかにも他の宗教者より偉いんだと権威を示そうとするその考え方に、これが
ヒンズー教の最高の智者なのかと奇妙な可笑しさを感じました。

リンポチェやダライラマや他の宗教者たちは、そんな事を全く意に介しない
様子が対照的でした。

ダライラマ法王14世とは

ダライラマは、1935年7月6日、自作農を営む家に誕生し、2歳の時に
ダライラマ13世の転生者(生まれ変わり)と認められました。

ダライラマとはモンゴルの称号で「智慧の海・大海」を意味し、観音菩薩の
化身とされています。

ダライラマは、チベット民族の国家的、精神的指導者ですが、幼少より
大変利発で仏教哲学の最高学位の博士号をもっています。

中国が1949年にチベットへ侵攻した後、一応チベットの全政治的権限が
ダライラマ法王に委任されましたが、1959年、中国の圧力に抗してラサの
市民がとうとう武装蜂起をしました。
それを中国軍は残虐な方法で弾圧するに至ると、ダライラマは国外への
脱出を余儀なくされたのです。

ダライラマはこの半世紀近く、インドの北部のダラムサラにおいてチベット
亡命政府の元首としての立場を保たれています。

1989年には、チベットの自由のために非暴力による闘争を評価され
ノーベル平和賞を受賞されました。

ダライラマに対するチベット人が抱く尊敬の念は、言葉では言い表せない
ほど深いものがあります。

私がチベットのラサのある寺院へ行ったとき、一人の僧侶が寄ってきて
寺の隅に引っ張り込み、ダライラマの写真を持っていれば是非譲って
欲しいと懇願されました。
たまたま持っていたので、それをあげると涙を流さんばかりに感謝され
ました。

若し迂闊にも中国の官憲に見つかると、即座に逮捕され、やった方も
もらった方も重い刑に処せられるそうです。
写真をやるにも命がけです。

チベットにも面白い体験があります。
またの機会にお話したいと思います。

どのようにしてダライラマに会えたの

ダライラマにお会いするまでには、ある経緯(前準備)があります。

ダライラマは60ヶ国以上の国々を訪れ、各国の大統領、首相や
主要人物、王室の方々と会談され、非暴力による世界平和と
環境問題のことを説かれています。

その姿をみて、同じ平和運動をするものとしてぜひ一度お会いして
一緒に祈りたいと思っていました。

たまたま内の社員の一人が、精神世界のことやチベット仏教のことを
よく勉強していました。
彼は東京にあるチベット文化研究所所長のペマ・ギャルポ氏に面識が
あるというので一緒に会いに行きました。

ギャルポさんは時々テレビに出ておられ、チベットのスポークスマン
として活躍しておられました。

そこで彼に世界平和運動促進のために何とかダライラマに会う
手立てがないものかと相談しました。

たまたま近いうちにニューデリーで世界の宗教を代表する宗教者が
集まって各宗教がそれぞれの祈り方で祈る行事が開かれることを
聞きました。

その行事のなかに、世界各国の平和を祈るセレモニーを取り入れ
て、宗教宗派を超えてみんなで世界平和を祈れることは、これほど
意義のあることはないと必死に説きました。

お陰でギャルポさんもその意義を認めてくれました。
この平和の祭典を提唱している Pilgrimage for Avtive Peace
の事務局長である ラマ・ロブサン尊師に話を通してくれることに
なりました。

その後文化研究所には度々足を運びました。
ツアーの現地の手配一切をチベット仏教徒を扱っている
インドでは小さなチベット仏教系の旅行社に任せるからと提案を
して少しでもチベット人に寄与したい旨を話しました。

また自分の社員のなかに神主の資格を持った者がいるので
神道を代表して参加させるからとも持ち掛けました。

ギャルポさんもこちらの熱意にほだされて、彼も真剣に現地と
交渉を重ねてくれました。

やがてこの行事にピース・セレモニーを採用するという返事が
あり安堵しました。

この体験からも、人間やると思って懸命に事に当たれば、
何事も成さざらんことを実感した次第です。

ダライラマよりカタ(首かけショール)を賜る

追記になりますが、セレモニーが終わりホテルに帰ると、使いが
来てダライラマが特別にお会いするからというのです。

それで泊まっていた高級ホテル・アショカホテルの会議室で
待っていると、ダライラマが現れ皆の苦労をねぎらう言葉を
賜りました。
なんと心使いの出来る人なのかと感心しました。

この機会を利用して、ダライラマに色紙を出し、チベット語で
世界人類が平和でありますように、daraiと揮毫してもらいました。

すると何故か私を呼んで、首に白いショールを掛けてくれた
のです。

後で聞いたのですが、これはカタといい、通常は信徒たちが
法王に尊敬の念を表すためにダライラマに捧げるものであって
ダライラマが自らカタを贈ることは滅多にないとのことでした。

お付きの人達もびっくりした顔をしており、僧侶の一人は
ダライラマから直接カタを賜るとは最高の名誉です、と
言ってくれました。

このことは、マザーテレサが私の手帳にメッセージを書いて
くれたことと併せて、栄誉な出来事として一生大事に胸に
しまっておきます。




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2008年06月02日 15:02に投稿されたエントリーのページです。

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