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世界漫遊旅行 チュニジア

ローマ帝国の強敵カルタゴがあったチュニジアは世界遺産の国だ。
イスラエルからチュニジアに追われたPLO本部でアラファト議長に面談。




1987年2月、ピースツアーのメンバー17名は、モロッコを周遊したあと
チュニジアを訪れました。

チュニジアは、北アフリカの一角を占め、日本の約半分の大きさで人口
一千万人の国です。

今でこそ、チュニジアのことは良く知られており、人気ルートになって
いますが、当時はまだチュニジアへ行く日本人は少数でした。


カルタゴ(カルタージェ)の遺跡

首都はチュニスですが、着くと早速地中海の古代国家カルタゴの遺跡へ
行ってみました。

歴史好きな私には、カルタゴに一度は訪れてみたいところでした。
かってカルタゴは、紀元前9世紀より地中海貿易で繁栄したフェニキア人
の都市国家で、ローマ人との戦いで負けるまで強力な力を誇っていました。

ローマ帝国との戦いといえばボエニ戦争です。

カルタゴの猛将ハンニバルが象に乗った大群を率いてアルプスを越え
ローマに攻め込んだが、最後は北アフリカで大敗し、ローマの属国に
なってしましました。

町は徹底的に破壊され、残っているのは無残な残骸だけでした。
「つわもの共の夢のあと」と感懐ひとしおでした。

遺跡の近隣は、今では大統領官邸や大使館などが並ぶ高級住宅街
になっています。
印象的だったのは、前に広がる海と空の青さの素晴らしさです。

青と白の街シディ・ブーサイド

すこし足を延ばして、保養地シディ・ブーサイドへ行きました。
この街の特徴は、どの家も壁や屋根は真っ白で窓枠や扉だけが
チュニジアンブルーといわれる鮮やかな青色に塗られていることです。

何ともエキゾチックな雰囲気の街で、一見の価値はあります。
高台に建つ、世界最古といわれるカフェ・ナットへ行ってみました。
ミントティを楽しみながら、ここのテラスからの眺望は最高です。

ここ以外に地中海に面したリーゾート地としては、スースがあります。
スースの旧市街は、世界遺産に指定されています。

世界遺産ケロアン(カイルーアン)旧市街

チュニジアでぜひ訪れたいのは、ケロアンです。

7世紀になるとアラブ人が侵入してきて、チュニジアの各地を
イスラム化していき、ケロアンも古くはアラブ軍の軍営都市として
繁栄していきました。

ケロアンは、メッカ、メディナ、イルラエルに次ぐ聖地で、ここを
3回訪れると、メッカに巡礼したのと同じだといわれています。

ここのメディナ(旧市街)も世界遺産になっており、街の中心に
アフリカで最古のグラン・モスクがあります。

美しいミナレット(尖塔)と500本以上の大理石の柱が素晴らしく
圧倒されました。

またここの黒ごまのついたパンがとっても美味しく、街の中にある
パン工場を見学しました。

日本からここのパンを食べに来たんだというと、焼きたての
ほかほかのパンを満足するまで賞味させてくれたのを覚えて
います。

チュニスヒルトンにアラファト議長の迎えの車が

1987年2月、チュニスではヒルトンホテルに宿泊していました。
9時ごろ遅い夕食をレストランでしていると、ボーイがやって来てロビーに
PLO(パレスチナ解放機構)の幹部が会いにきているとのことです。

ロビーには、アラファト議長の右腕といわれる将校が二人待っていました。
(後で知らされたのですが、そのうちの一人が殺されたそうです)

彼らの言うには、アラファト議長が今からお会いしたいとのことです。
遅い時間になったのは、彼は先刻、イギリスから帰ってきたばかりだ
そうで、今日の夜しか会う時間が取れないとのことです。

実は、ツアーの出発する3ヶ月前に、アラファト議長にぜひお会いして
世界が平和になるようにと一緒に祈りたいと、東京にあるPLOの
出先機関を訪れたのです。

どん底のアラファト議長

その当時、アラファト議長は大変な苦境にありました。

というのは、パレスチナ解放運動の指導者になったアラファト議長は、
パレスチナ難民が多く居住するヨルダンに拠点を作りイスラエルと
戦闘していました。
しかしヨルダンの情勢悪化を恐れたヨルダン国王によって追放されて
しまいました。

今度はレバノンの首都ベイルートに移ってイスラエルに対して武装闘争
を続けました。

しかし、今度はイスラエルのレバノン攻撃(レバノン戦争)の結果、
ベイルートからも追い出され武装闘争の根拠地を失って政治生命を
実質上断たれていました。

そこで中東問題に協力的なチュニジアが、PLOに手を差し伸べてきたので
PLOの本部をチュニスに移したのです。

当時のPLOは、財政的にも最悪の状態で、難民キャンプでは満足な食料
もなく、人が亡くなると死体の肉を食べている(人肉事件)という噂まで出る
始末です

そこでPLO連絡事務所の責任者に、こういう時に、チュニス本部に出向
き、アラファト議長と直接お会いして、パレスチナ人民が幸せになるように
心から祈りたいという我々の意図を懸命に説きました。

責任者のいうには、苦境の中にあってもアラファト議長は、パレスチナ人民
のために世界中を駆け巡っており、いつ暗殺されるかも知れないので、
ほんの一部の側近しか彼の行動日程が分からないそうです。

しかし、私たちの好意ある意向を何とか、連絡をとってアラファト議長に
伝えるように鋭意努力すると約束してくれました。

ところが、出発間際になっても現地から連絡がないとのことでした。
仕方なく、予定通りツアーは出発しました。

それが、チュニス滞在の最終日に、議長がお会いするとからといって、
ジープで迎えに来たのです。

期待をしていなかったので、大変な驚きでした。
兎も角、ツアーの団長と二人は迎えのジープに乗りました。

ジープでPLO本部へ

PLO本部は、チュニスの近郊にあり、警備上本部入り口の30メートル
ほど手前で降ろされました。

本部入り口とところどころに、自動小銃を持った警備兵が目を光らせて
いました。
一応身体を調べられて、中へ入りました。

建物は木造の粗末な2階建ての建物でした。

アラファト議長の部屋は、2階の突き当たりに在りました。
6畳ほどの部屋に、アラファト議長は、よく見る頭にターバンのような布を
被り、軍服と腰には拳銃をつけた姿でにこやかに迎えてくれました。

さっそく、この平和運動の提唱者である五井昌久先生が書いた「世界人類
が平和でありますように」と書かれた額を進呈しました。

アラファト議長と共に世界平和を祈る
arafato2

それとピースメッセージと呼ぶアラビア語で「アッサラーム・リルアーラム・
アジマ」(世界人類が平和でありますように)と書いたメモを100枚を一冊
に纏め、こよりで綴じた小冊子を贈りました。

これは前日、ガイドさんに「世界人類が平和でありますように」とアラビア語
でサンプルに書いてもらい、17名のメンバーが手分けして100枚懸命に
書いたものです。
当然かな釘のようなアラビア文字を写すだけでも、大変な作業でした。

ガイドさんが診て、余りに違うものは手直ししてもらい、小冊子の表紙は
富士山の絵葉書を使いました。

このピースメッセージを受け取って、アラファト議長はパラパラとめくると、
一瞬ハットして、目が潤んだ様子でした。

日本人が、下手ながらもアラビア語で、心を込めて書き上げた熱意が
伝わったのだろうと感じました。

アラファト議長は熱く語る

アラファト議長は言いました。

「あなたたち日本人は、大変幸せな国民です。
広島に原爆を落とされ、日本中が爆弾の洗礼を受け、町が廃墟に
なっても、あなたたちには国が残っています。

こうして、あなたたちが外国に出向いて、人の幸せや平和の祈ろうとして
いることに敬意を表します。

われわれパレスチナ人は、国を追われ今他国で仮住まいする身です。
いつの日か、われわれば故郷のイスラエルへ必ず帰ります。

エルサレムという意味は、あなた方の祈り言葉のアッサラームからなって
おり、アッサラームとは、愛とか平和という意味です。

私の名前のヤセル・アラファトというのも、ヤセルは静かな、争いのない
という意味で、アラファトというのは、聖地メッカの郊外にある巡礼者が
崇める聖山の名前です。

私は決して争いを好むものではありません。

じっと私の目を見て話すアラファトさんの目は、まるで子供の目のように
澄んで輝いていました。

カリスマとは、こんな人のことをいうのだなと、つくづく実感しました。

後日、テレビでアラファト議長が国連の会議場で目を鷹のようにらんらんと
光らせ、拳を振り上げてスピーチしている姿を見て、これがあの時と同じ
アラファト議長なのかなと思ったくらいです。

人間立場が違うと変わるのだなと変に感心しました。


arafato1アラファト議長から、これはパレスチナ人が織ったものですといって、
壁掛けかテーブルクロスのようなものを頂きました。


アラファト議長の自宅の庭にピースポールを建てる

翌日、アラファト議長の自宅を訪れ、「世界人類が平和でありますように」
とアラビア語と日本語と英語で描かれたピースポールを庭の中央に穴を
掘って建て、PLOの幹部等とポールの周りに輪になって一緒に祈りました、

アラファト議長は、すでに朝早く出かけており、不在でした。
パレスチナ人の平和を求めて東奔西走するカリスマとは正にアラファト
議長のことですね




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2008年07月02日 15:46に投稿されたエントリーのページです。

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